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「友情もあるねぇ。〜書店員と作家とこどもとみんなたち〜」  連載第7回 花本 武(ソーダ書房)

「友情もあるねぇ。〜書店員と作家とこどもとみんなたち〜」
連載第7回 花本 武(ソーダ書房)

書店員&詩人・花本武(社長)と、作家・山崎ナオコーラ(副社長)の二名で構成された、稀有な組み合わせの夫婦ユニット「ソーダ書房」による初連載。 社長による「詩とエッセイ」、副社長の「解説」で交互に綴る、書店や作家業、育児のことetc. 隔週月曜日更新予定

      


「書棚の窓」
ところどころしみついてたのは
かわるがわる読み継いでできた
なつかしい記憶


しらずしらず訪ねたんだ書棚だけのお店
窓あけて空気入れて預言書を詰めた
どこからかお客さんが100人は来てた
夜明けまでレジに立ってほっと息を吐いた


翌日は出張で土星の環に来てた
だれもいないとこにある書棚だけのお店
窓あけて空気入れて宇宙塵を詰めた
一人だけきたけれど立ち読みで帰る
まあいいか手をみてて時間だけがすぎた


書棚の窓を開け放つ
つめたい風が吹きこむ場所に
書棚の窓を開け放つ
だれかの声がきこえて消える
書棚の窓を開け放つ
食器がならび食事がすすむ
書棚の窓を開け放つ
本に呼吸をさせてやる

「友情もあるねぇ。〜書店員と作家とこどもとみんなたち〜」  連載第7回 花本 武(ソーダ書房)

 書店のことをいろんな人がいろんなふうに書いている。私も書いてみよう。書店ってそもそもどういう場所なのだろう。それには「本」がどういうものなのかを伴わせてかんがえる必要がありそうだ。これはかなり難題になりそうなんだけれど、取っ組みあってみたい。


 二歳児、もずくをともない地元の本屋の児童書売り場を物色することがある。外食したあとなんかに寄ったりする。明るいにぎやかなその場所で、嬉々として電車の運転ごっこができる絵本をいじくりまわしている子は、書店のことをどうおもっているのか。それは愚問なのかもしれない。どうおもうもなにもそこはただ純粋な楽しい遊び場だ。書店とは純粋な楽しい遊び場である。それはそれで素敵な定義だけれども、もずくにとっては、おそらくスーパーもたいした遊具のない公園も純粋な楽しい遊び場だろう。
 こどもはいつか書店を純粋な楽しい遊び場とはおもわなくなるだろう。それはさびしいことだろうか。本が持っている複雑な要素をとらえ、蓄積されてきた歴史の重さを感じ、畏れを抱けるようになる。そのようなものが棚に詰まった場所としての書店にもう一度たどり着けるのは、けっこうなことだ。「純粋な楽しい遊び場」から「複雑で限りなく奥が深い洞窟」へ。そこを探検できる勇気を養ってあげたいものだ。


 抽象的な話になった。記憶にないが私にも書店を「純粋な楽しい遊び場」の一つとして享受していた時代があったろう。そしていまは「複雑で限りなく深い洞窟」をさまよっている。その中間のことをかんがえたい。少年、花本の書店原体験を掘ってみよう。

 私の生まれ育ったのは品川で、京浜東北線の大井町、大森駅周辺をテリトリーとしていた。駅ビル内、駅周辺の書店で過ごした時間の集積が今の自分のある部分を形成していることは、間違いないとおもうのだ。
 書店が好きな子供だった。なにかにつけ足を運んだ。マンガを買ったり、たまに参考書を買ったりしたが、たくさん立ち読みもした。


 小学館の学年誌が「小学1年生」から「小学6年生」まで発売日にずらっとならんでいた。その景色を今は見ることがない。未就学のころは「幼稚園」と、当時「学習幼稚園」というのもあって、親が買ってくれていた。「学習幼稚園」は名のとおり知育がメインなんだけど、学ぶことと遊ぶことに隔たりを感じるのは少し先であり、ともにたのしんでいた。
 リビングのテレビが常に何らかの番組を放映していて、時計の役も兼ねている家庭だった。
 就学の春をまえに「小学1年生」のコマーシャルがたくさん流れていた。ピカピカの一年生。書店にはどっさり平積みされている。あの時分は面陳列というものはあんまりなかった気がする。(本が裏表紙を台に着けて置かれているのを平積み、すくっと立った状態で並べられてるのを面陳列と言います。)
 熱心に読んだことをよくおぼえている。「のんきくん」というマンガが載っていて、大好きだった。
 「ドラえもん」も掲載していたが、周囲での人気も「のんきくん」が上回っていたような気がする。私は異様にもの持ちがよくて、小学生時代に友人からもらった年賀状が手元にあったりするのだが、「のんきくん」のイラストを添えたものが数点見られる。ギャグを放つキャラを囲んでる人々のリアクションがとても印象的で「どぴゅー」という擬音とともにコマの隅に吹き飛んでいくのだ。


 雑誌遍歴、いつしか学年誌はコロコロコミックにとってかわった。コロコロには熱中した。友人の影響で3年生くらいから、毎月350円(当時)を握りしめて、15日は書店を詣でた。4年生になった年だったか誕生日プレゼントの希望を親に問われて、コロコロを一年分所望した。クイズ番組の景品で洗濯洗剤一年分とかっていうのがよくあって、そんなイメージで〇〇一年分にスペシャル感を抱いていたのだろう。だけど微妙だった。発売日に自ら書店に駆け付けることを含めてコロコロというイベントに参加することだった。親が買ってきてくれるのを待つのは、なんだか少し違ったのだ。

 『コロコロ爆伝!!1977-2009 定本『コロコロコミック』全史』という本がある。あの時代にコロコロに携わっていた人たちの証言は、どれもこれも興味深すぎるものだ。コロコロのカバーデザインは過剰だ。コミックのキャラクターもホビーも全部乗せで、さながらガキの曼荼羅だ。それを手掛けていたデザイナーは、持ったら火傷するようなデザインを心掛けていた、とか。何代目かの編集長がコロコロとの決別について語るくだりもおもしろい。女の子に興味が出てきたら、もうコロコロは卒業すればいい、とのこと。実に潔い。
 コロコロが「遊ぶ」ことの楽しさを倍加させてくれたし、友達とのコミュニケーションツールにもなっていた。そしてなにより好きなことに没頭して集中力を発揮する訓練になった気がする。コロコロは「ガキの文藝春秋」と称されているが、むしろ「ガキの教科書」が適切だ。


 幼き日の書店体験で強烈な印象を残しているところがある。滋賀県、近江のとある西友に入っていた書店。
 両親の実家があり、小学生時代の夏休みには、必ず滋賀に帰省していた。二、三週間にもわたって滞在した。同年代の親戚たちとのレジャー三昧、毎日どこかくりだしていた。その書店には、琵琶湖でひとしきり遊んだあとに連れていってもらうことが多かった。アウトドアな娯楽を飽いてしまうほど堪能する日々のなかで、その書店は特別な場所となっていた。「西友の本屋にいきたい」滋賀に行くと今でもそうおもってた感覚が鮮明によみがえる。
 その源泉はなんなのか。『VOW』だ。80年代後半の雑誌「月刊宝島」の読者投稿ページを書籍化したもの。まちなかで見かける奇妙な看板とか、わけのわからない商品広告などを一挙掲載した代物。好評だったようで相次いでシリーズ刊行された。その一巻目の発売時だったのだろう、ドーンと積んであるのを西友の本屋で目の当たりにした。
 なんだこれは…。
 子供が手にしちゃいけないやつだ、と慄いた。ところどころにエロが含まれていて、過敏に反応したのだ。そういうものに全く免疫がなくて、ドキドキした。どうしようもなく惹かれるものがある。
 それはエロい部分にだけではなかった。当時知る由もなかったけど、『VOW』のゲスト執筆陣は異様に豪華で、現在一線で活躍する面々がまだサブカルの枠内にいる状態で好き放題なことを書いていた。みうらじゅん、いとうせいこう、宮沢章夫、しりあがり寿、故川勝正幸らだ。

 この本にはなんかあるゾ。予感だけが渦巻いていた。書店の原体験であるとともに、今も自分の底流にある「サブカル」というジャンルの原体験でもあったのだろう。
 欲しい、猛烈に欲しい。とおもいつつ周囲の顔色をうかがう。一冊だけ買ってやるぞ、と言われて親に渡したのは、今はなきケイブンシャの大百科『セルジオ越後のおもしろサッカー大百科』だった。結局『VOW』を入手するのはずいぶんあとの話になる。


 家族との外食のあとに書店に寄る流れは、我が家族に受け継がれている。
 大森駅近くで回転ずしを堪能したあとに書店をのぞくという定番のコースがあった。町田書店はすごく小さなお店だが、このまえのお正月にもずくを連れて、実家に行ったらいまだ健在で感激した。そこにいるあいだ父がパチンコに行ってしまうのも定番だった。両親はほとんど本を読まない。だからこそなのか子供を読書に親しませたい、とおもっていたようだ。マンガとか雑誌ではなくて、活字の本、当時それを言い習わしていたところの「読む本」であれば小遣いとは別にいくらでも買い与えてくれることになっていた。姉と弟がいるのだが、私だけがその協定を使いたおしていた。
 町田書店で岩波少年文庫の『おとうさんとぼく』を手にしたことがあった。この本、ドイツのプラウエンという人によるマンガです。
 外身が完全に「読む本」であるのをいいことに協定を利用して買ってもらった。全く美しくない思い出である。『おとうさんとぼく』は、長らく品切れだったのだが去年、分冊だったのをまとめて再刊された。売り場でこの本に再会して、なんだがハッとした。美しくない思い出がよみがえった。罪ほろぼしにと(ならないけど)購入した。


 買ってもらっておきながら少年期に読んだ記憶が全く残ってなくて、ものすごく新鮮。
 『おとうさんとぼく』にはおとうさんとぼくしか出てこない。「おかあさん」は影がちらつくことすらなく、濃密におとうさんとぼくのみで世界が構築されている。


 おとうさんはぼくをひたすら可愛がる。父性からではぜんぜんないようで、ぼくとふざけてあそぶことが実に自然で当たり前なふるまいとして描かれる。二人のコンビによるドタバタは、痛快なんだけど、読みすすめるうちにだんだんと一抹のさみしさがこみあげてくる。このような時間が永遠じゃないことを意識してしまう。

 解説を読むと一段と胸に迫ってくるものがある。ズシリと重たい。プラウエンは反体制の人。第二次大戦前夜、ナチスに席巻され戦争の足音が迫るドイツでこの作品は生まれたと知る。本当の「人間」を描くことがプラウエンの抵抗だった。最期はゲシュタポに逮捕され自ら命を絶っている。妻への遺書に残した言葉は、一人息子を「人間に育ててくれ」というものだった。


 書店が人間を育てることのできる場所であるためには…。


 本はあらゆる情報、知をストックする。雑誌はゆりかごから墓場まで用意されている。


 書店は人生に寄り添う。あらゆる人を受け入れ、居場所をつくる。束の間、偶然に店内に居合わせた人たちと共有する時間が愛しい。自分とはぜんぜん違う考えを持つ他人たちに、自分の想像が及ばない未知なる本を手渡す。


 エキサイティングな瞬間。


 その本がその人の人生を根底から変えてしまうかもしれない。価値観の大きな転換を迫られるかもしれない。そういう現場に立ち会うことの興奮に身震いする。


 腰痛治療にかんする本の問い合わせを受けたことがあった。当時そのジャンルでよく売れていた書目があったので、案内したら購入してくれた。その方が後日再び来店された。あまりに腰が痛むので商売をたたもうとしていたが、おたくにすすめられた本に効果あって、もうしばらく続けることにした、とのこと。実用書が人生を転がすのを目の当たりにした。


 そして書店は世の中の矛盾、社会の歪みを反映させる場所でもある。特定の本を置いてくれるな、とのお叱りを受けることがあった。間違った思想を敷衍する本だから、きちんとした哲学のある書店では、売り場から下げている、とおっしゃる。
 もっともだ、きちんとした哲学のある書店は偉い、とおもいながら私は売りつづけている。いろんな立場の本をちゃんと売る哲学もあるだろう、と感じているわけではない。流されていくみたいに売れるからだらだらと売っていくことに躊躇いもし、悩みもしている。だけどどうすればいいんだろう?いまもただ迷い、悩んで答えが出ないし、決断もできない。情けない。


 作家の磯崎憲一郎氏が新聞に文化拠点であることをやめた書店は衰退して当然というようなことを寄稿されていた。厳しい意見だ。文化拠点。文化拠点でありたいなあ、とおもう。磯崎氏のような文化的な方の本がたくさん売れて、繁盛するお店をつくりたい。どうしたら書店が元気でやっていけるのか。共にかんがえてもらえると嬉しい。


 結局、とりとめのない思い出語りと悩みと愚痴みたいになった。書店がどういう場所なのか。よくわからない。よくわからないんだけど私は書店員が天職だとおもっている。この先もずっと書店にいそうな気がしている。どういう場所なのか。その問いをあたまの片隅でもてあましながら。

   


   


   


<プロフィール>
●ソーダ書房(そーだしょぼう)
書店員、花本武(社長)と作家、山崎ナオコーラ(副社長)以上二名で構成する組織。本にまつわる諸々の活動を行う予定です。


●花本 武(はなもと たけし)
1977年東京生まれ。都内某書店勤務のかたわら詩作やそれを朗読する活動をたまに行う。一児の父。


●山崎ナオコーラ(やまざき なおこーら)
作家。1978年生まれ。性別非公表。2歳児と夫と東京の片隅で暮らす。著書に、小説『美しい距離』『偽姉妹』、エッセイ『母ではなくて、親になる』など。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。


挿画:ちえちひろ

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