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「友情もあるねぇ。〜書店員と作家とこどもとみんなたち〜」  連載第12回 山崎ナオコーラ(ソーダ書房)

「友情もあるねぇ。〜書店員と作家とこどもとみんなたち〜」
連載第12回 山崎ナオコーラ(ソーダ書房)

書店員&詩人・花本武(社長)と、作家・山崎ナオコーラ(副社長)の二名で構成された、稀有な組み合わせの夫婦ユニット「ソーダ書房」による初連載。 社長による「詩とエッセイ」、副社長の「解説」で交互に綴る、書店や作家業、育児のことetc. 隔週月曜日更新予定。

 


解説 趣味について


 この連載エッセイは、「ソーダ書房」というユニットで書いている。
 「ソーダ書房」とは何か? 私もよくわかっていない。
 たぶん、架空の書店だと思う。花本さんが運営している。


 先日、
 「夫婦で一緒に仕事をするのはどんな感じですか?」
 というような質問をもらった。
 「『ソーダ書房』は仕事ではなくて趣味みたいなものなので、一緒に仕事をしているとは思っていないんです。『ソーダ書房』とは名ばかりのもので、実態はないんです。ふざけているだけです。ただ、夫がやりたいことがあるなら、応援しようと思っているだけなんです」
 と答えた。


 エッセイを書くのは仕事だ。自分のプライドをかけて文章を書く。執筆は個人作業だ。
 「ソーダ書房」の組織作りは遊びだ。活動は夫がほぼひとりで行っており、私はほとんど関与していない。


 私は、夫とひとまとめで扱われるのが好きではない。
 これまでひとりで仕事をやってきた矜持がある。山崎ナオコーラは個人の名前だ。仕事は出版社や印刷所などのパートナーと共に行っており、家族には関係がない。
 また、夫の書店員としての仕事は、私に関係がない。私は書店の仕事に口出しをしない。夫は、書店の社長や店長、同僚、アルバイトさんたちと力を合わせて仕事をしている。家族は書店のことを知らない。
 そして、私と夫はかなり違うキャラクターだ。考え方も違う。だから、ひとまとめにされるのが困る。


 今回、このエッセイの連載の依頼を受けた理由は、「夫がやりたいことなら応援しよう」と思ったからだった。夫は書籍が作りたいのだろう、と予想した。私がここで断ってしまうのは夫にとって酷なことだろう、と考えた。


 私は、本業の小説やエッセイが滞ってしまっている。依頼をくれている人たちをたくさん待たせてしまっている状態だ。だから、最近もらったこのエッセイの依頼を受けるのは、長く待ってくれている他の人たちに対して失礼だろうとは思った。ただ、夫がメインでやることで、私がサブでやるのだったら、本業とは別ジャンルのことになるし、そんなに失礼ではないのではないか。
 だから、夫が社長で、私は副社長とした。
 しかし、そうすると、「相手が男だから立てているのではないか? 夫を社長にして、三歩下がって副社長になったのではないか?」と思われて叩かれそうな気もしてきたので、やっぱり、役職名は変えたい。顧問とか会長とかにしたい。

 夫と仕事をしていると思われるのが嫌だ、というこの感覚はなんなのだろう。
 どうも、夫に近しい人たちは、山崎ナオコーラという作家を「売れない作家」だと思っている。この連載の依頼をくれたのも、「花本さんの奥さんである売れない作家に仕事を恵んであげよう」ぐらいの気持ちだったのではないか? とにかく、夫とセットで私を見てくる人は、大抵、私を軽んじている。だから、楽しくない。「この本の出版時にかぶり物をして花本さんとトークイベントをするのはどうですか?」と提案されたが、「かぶり物をしてトークイベント」というのは、西加奈子さんや村田沙耶香さんには提案しないだろう。文学賞の受賞歴のない私だから言われてしまうことに違いない。

 それと、単純に、「妻は夫に付随するもの」という男尊女卑の考え方を押し付けられているのかもしれない。おっしゃった本人は女性を下に見ているわけではなく、育児の仕事を大事に考えているので男尊女卑に与していないと思われるだろうが、女性の仕事を尊重する気持ちはあっただろうか? 男性の仕事に対してなら思わないことを女性の仕事に対しては思うのならそれは男尊女卑ではないだろうか? 誰かの私的パートナーと会ったときに、「だんなさんと同じような扱いを奥さんに対してもしていい。なぜなら女性のランクは夫で決まるから」という考え方をするのに、「奥さんと同じような扱いをだんなさんにしてはいけない。なぜならだんなさんには奥さんとは別の世界があるはずだから」とダブルスタンダードを持ち出す人は多い。また、「女性なら、育児エッセイを金に関係なく喜々として書くはずだ」というのも男尊女卑だろう。
 また、花本さんと同じようなキャラクターだと私が思われてしまっているのだろう。


 「夫と同じ考えを持っている」と思われるのは嫌だ。「花本さんが最近お勧めしていた本を読みましたか?」と聞かれても、私は花本さんがなんの本を最近他人に勧めているのかを知らないし、私は私の読みたい本を読んでいる。私はこういった質問を花本さんの知り合いからよく受けるのだが、私の知り合いは花本さんに「山崎さんが最近お勧めしていた本を読みましたか?」とは聞かないだろう。「妻は夫から思想の影響を受けるものだが、夫は妻から思想の影響は受けない。なぜなら男は自分ひとりで考えるから」という性差別がある。


 そして、私は日々、金の遣り繰りに頭を悩ませている。私も夫もそれぞれ稼いでいる。それなのに、「夫と一緒に稼いでいる」と思われるのがつらい。私も夫もそれぞれ仕事をし、それぞれの人間関係で社会参加をしている。


 私はどこにも属したくない。「ソーダ書房」を遊びではなく組織だと思われるのがつらい。
 私はずっとひとりだ。
 そういえば、先日、
 「家庭を持つようになると、家庭を持っていない人とは違う感じになりますか?」
 という質問も受けた。
 「同じです」
 と私は答えた。
 私は家庭を持っているつもりなど毛頭ない。夫や子どもとの関係があるだけだ。ひとりで生きている。それは、友人や同僚との関係があるという人と同じだ。友人や同僚と良好な関係を築いている人でも、「私はひとりで生きている」と言うだろう。それと何も変わらない。私には、夫や子どもとの関係があるが、生きることや仕事はひとりでやっている。
 家族がいようが、人は孤独死する。


 そもそも、私は「家族のことを書きたい」という欲望は持っていない。「社会的意義のある本を出したい」と思っているだけだ。
 面白い文章が書けそうで、面白く読んでくれる読者がいてくれるように思うから、仕事として文章を書き、出版をしている。別に家族のことをネタにしようとは思っていない。家族などいなくても文章は書ける。夫が花本さんのような表に出ることを楽しく感じる人だから書いているだけで、花本さんが書かれるのを嫌がったら、即、書くのはやめるし、これまでの書籍も販売停止にする。
 それを、「家族について書きたがっている人が、ブログに書くのと同じように文章を書いて、他人に読んでもらうのを喜んでいる」と思われるのがつらい。


 要するに、私はプライドが高いのかもしれない。
 自分が仕事と思っていることを仕事だと、趣味だと思っていることを趣味だと、他人に認識してもらえないときに傷ついてしまう。
 人間としての器が小さいのだろう。

   


   


   


<プロフィール>
●ソーダ書房(そーだしょぼう)
書店員、花本武(社長)と作家、山崎ナオコーラ(副社長)以上二名で構成する組織。本にまつわる諸々の活動を行う予定です。


●花本 武(はなもと たけし)
1977年東京生まれ。都内某書店勤務のかたわら詩作やそれを朗読する活動をたまに行う。一児の父。


●山崎ナオコーラ(やまざき なおこーら)
作家。1978年生まれ。性別非公表。2歳児と夫と東京の片隅で暮らす。著書に、小説『美しい距離』『偽姉妹』、エッセイ『母ではなくて、親になる』など。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。


挿画:ちえちひろ

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